ブログなどの補足
僕は、
・頑張ってること / 努力
・苦労したこと / 大変だったこと
・自分の行動の理由 / 言い訳
・悪口 (例え悪口でなく「事実」であっても)
を言う事が、恥ずかしい。
また、大きい声をあげることは簡単で、
声の大きい方が「正しい」とされる世の中であることも知っていたのだけど、
それを選択して来なかった。
大きい声をあげるよりは、
自分の正しいと思うことを、
誠実にコツコツと続けることによって、
行動で人に伝えたいと考えていました。
7年近く、そのように頑張ってみました。
が、7年を通して僕が体感したことには、
世の中はやはりそのようにできておりませんでした。
色んな人から誤解、邪推、偏見、陰口、いじめ、などをいただきました。
(これは、発言しない自分の行為が1つの原因なので、自業自得と思っています。)
何より、結果が出せませんでした。
もしかしたら7年でなく、
10年、20年と続けた所に結果があるのかもしれませんが、
僕は2007年を期に方法論を変えてみました。(ちょうど1年前くらい)
つまり、
少しくらい
「頑張ってます」
「わりと大変なのですよ」
「(行動理由の説明)」
と意図的に発言していこう、という方法論。
(悪口は言わないほうが良い、というのは変わりません。)
僕にとって選択したくない、恥ずかしい選択だったのですが、
この方法論は(今までに比べて結果を見ると)成功しました。
やはり、発言していかないと、伝わらないものだな、と実感しました。
自然にそういう発言ができる人は素直にすごいな、と思います。(悪い意味でないです。)
僕はそういう習慣をあまり持たないままに来たので、慣れておらず、
そのために、発言の「距離感」や「どの程度の量で発言していいのか」が掴めずに、
逆に「あれっ?」と変な方向(悪い結果)にいっちゃう部分も未だあるのですが、
それでも、実感上、良い結果の出ることの方が多く思います。
(良い結果となる、というよりは、
発言しないことによるデメリットが解消される、という表現が近いかもしれません。)
僕は、意図的に「頑張ってます」「苦労してます」「(行動理由の説明)」発言を現在していますが、
それを発言しつつ、
同時に、自分の内面で、
「かわいそうな自分自慢、みたいで嫌だなー」
「頑張ってる自分を認めて欲しい、みたいで嫌だなー」
「いくら頑張ってても、結果出せてないと意味ないじゃん」
「自分が苦労してるからって、それは相手には関係ないじゃん」
「行動理由の説明発言の最中で、どうしても自分が言い訳をしているように思えてしまって恥ずかしい」
「恥ずかしい。。。」
などと、もう1人の自分が自分を責め、
精神的にツラかったりもするのですが、
自分の目指す目的のために、効果的な方法論があるなら、選ぶべきです。
というわけで、僕はこのブログ(や仕事、日常などで)
「頑張ってます」
「苦労してます」
「(行動理由の説明)」
と時々、意図的に発言していきますが、
それは強烈な恥の意識を持ちつつ、言っているものと思ってください。
あまりに自分が恥ずかしいので、言い訳をしてみました。
こういう事を「ちゃんと言う」のも、大事なひとつと思いまして。
また、次世代の人達に、同じ轍を踏んで欲しくないので、
7年の経験を通した先人の失敗談、経験上の意見としても、
1つの参考として、書き遺しておこうという意図もあります。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
・頑張ってること / 努力
・苦労したこと / 大変だったこと
・自分の行動の理由 / 言い訳
・悪口 (例え悪口でなく「事実」であっても)
を言う事が、恥ずかしい。
また、大きい声をあげることは簡単で、
声の大きい方が「正しい」とされる世の中であることも知っていたのだけど、
それを選択して来なかった。
大きい声をあげるよりは、
自分の正しいと思うことを、
誠実にコツコツと続けることによって、
行動で人に伝えたいと考えていました。
7年近く、そのように頑張ってみました。
が、7年を通して僕が体感したことには、
世の中はやはりそのようにできておりませんでした。
色んな人から誤解、邪推、偏見、陰口、いじめ、などをいただきました。
(これは、発言しない自分の行為が1つの原因なので、自業自得と思っています。)
何より、結果が出せませんでした。
もしかしたら7年でなく、
10年、20年と続けた所に結果があるのかもしれませんが、
僕は2007年を期に方法論を変えてみました。(ちょうど1年前くらい)
つまり、
少しくらい
「頑張ってます」
「わりと大変なのですよ」
「(行動理由の説明)」
と意図的に発言していこう、という方法論。
(悪口は言わないほうが良い、というのは変わりません。)
僕にとって選択したくない、恥ずかしい選択だったのですが、
この方法論は(今までに比べて結果を見ると)成功しました。
やはり、発言していかないと、伝わらないものだな、と実感しました。
自然にそういう発言ができる人は素直にすごいな、と思います。(悪い意味でないです。)
僕はそういう習慣をあまり持たないままに来たので、慣れておらず、
そのために、発言の「距離感」や「どの程度の量で発言していいのか」が掴めずに、
逆に「あれっ?」と変な方向(悪い結果)にいっちゃう部分も未だあるのですが、
それでも、実感上、良い結果の出ることの方が多く思います。
(良い結果となる、というよりは、
発言しないことによるデメリットが解消される、という表現が近いかもしれません。)
僕は、意図的に「頑張ってます」「苦労してます」「(行動理由の説明)」発言を現在していますが、
それを発言しつつ、
同時に、自分の内面で、
「かわいそうな自分自慢、みたいで嫌だなー」
「頑張ってる自分を認めて欲しい、みたいで嫌だなー」
「いくら頑張ってても、結果出せてないと意味ないじゃん」
「自分が苦労してるからって、それは相手には関係ないじゃん」
「行動理由の説明発言の最中で、どうしても自分が言い訳をしているように思えてしまって恥ずかしい」
「恥ずかしい。。。」
などと、もう1人の自分が自分を責め、
精神的にツラかったりもするのですが、
自分の目指す目的のために、効果的な方法論があるなら、選ぶべきです。
というわけで、僕はこのブログ(や仕事、日常などで)
「頑張ってます」
「苦労してます」
「(行動理由の説明)」
と時々、意図的に発言していきますが、
それは強烈な恥の意識を持ちつつ、言っているものと思ってください。
あまりに自分が恥ずかしいので、言い訳をしてみました。
こういう事を「ちゃんと言う」のも、大事なひとつと思いまして。
また、次世代の人達に、同じ轍を踏んで欲しくないので、
7年の経験を通した先人の失敗談、経験上の意見としても、
1つの参考として、書き遺しておこうという意図もあります。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

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